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2012年12月

2012年12月28日 (金)

罪悪感(2)

今回は、子供の頃の罪悪感を俺の知っている範囲で考察しようと思います。
ただし、あくまでも俺の知っている範囲であり、
知識不足は、ご了承ください…m(_ _)m。
もしかしたら、間違いもあるかもしれません。そこもご了承ください…m(_ _)m。


さて…、子供にとって最大の欲は、「親に愛されたい」…という欲になると思われます。

ということは…子供にとって、「親に愛されなかった。」という経験は、最大のショックだと思われます。

そんな時に…子供は、「親に嫌われた。」という思考の次に、
「自分が悪い子だから嫌われた…。」と思うそうです。

これは、単純なことでもおきるそうです。

例えば、
子供が遊んで欲しい時に、親がたまたま(夕飯の支度等で)忙しく…、
「今は、ダメ!」
と、断る場面でも、子供にとっては大変ショックです。
大人であれば、相手を気遣う事が出来ますが、自我の発達前の子供にはそこまでは理解できません。

もし、親の都合が終わって、子供とふれあう時間を作って、
子供のショックをフォロー出来れば、良いのですが…、

厳しい親は、子供のショックにはかまわずに、子供に我慢をさせたりします。

そうすると…子供心に「自分は悪い子だから愛してくれないんだ…。」と思い込んでしまいます。
「自分が悪い」=「罪悪感」です。


ずっと罪悪感を意識していると、そのうちに、それが「無意識的」に罪悪感を感じるようになることがあります。

発育盛りの子供であれば、「意識から無意識になる現象」は顕著です。

子供時代の罪悪感が、その後の人生にどんな影響を与えるのでしょうか?

詳細なパターンは、人それぞれですが、ここは簡単に、
「無意識に罪悪感を感じるタイプ」=「罪悪感タイプの性格」
として、その性格パターンをいくつか考察してみようとおもいます。



(パターン1)
他人に対して、「すごく申し訳ない…」という気分になり…、
「こんな悪い自分にはかまわないでください…。」と引きこもるようになります。
違う言い方をすれば、「自分は毒だ」という感覚です。

もし、あなたが、酷い猛毒の細菌による感染症にかかったとします。
その時に、大好きな人に近くにいて欲しいと思いますか?
普通の人は、好きな人に悪い病気を感染させたくないので、自分から離れます。

パターン1は、罪悪感から引きこもるパターンです、

(パターン2)
「ごめんなさい」が口癖になりやすいパターンです。
他人に親切にしてもらったり、気遣ってもらったりした場合、普通は「ありがとう」なんですが…
罪悪感タイプは、「ごめん」と言ってしまいます。
それは「こんな悪い自分に貴重な気を使わせてしまって、申し訳ない…」という感覚になるからです。
こんな悪い自分に気を使ってもらう事は、
無駄な気を使わせてしまった気分になります。
だから、「ごめんなさい」なんです。


(パターン3)
パターン1に近いですが…、自分をとことん責めるパターンです。
誰かが自分に対して嫌な顔をしたり、誰かが自分を責めてきた時…、
「やっぱり自分は悪い人なんだ…。」
「自分は悪い人だから、こうなるんだ…。」
「こうなったのは、全部、自分のせいだ…。」
と自分をとことん責め続けます。

罪悪感とは、「自分は悪い人だから罰を受けて当然だ…」という感情です。

2012年12月21日 (金)

罪悪感(1)

「男性心理と女性心理」を考えるとき、
やはり「罪悪感と無価値感」は、やはり理解しておきたい…と俺は思っています。

「男性心理・女性心理」と「罪悪感・無価値感」の関係は後日書こうと思ってるので、今回は割愛します

罪悪感を癒す方法は、罪悪感を感じた時に素直に「ごめんなさい。」ということだと俺は思っています。
前回も書いたことですが、
「ごめん」と言えば、だいたいは許してくれる場合が多いからです。
「罪悪感」の最大の癒しは「許し」なのです。

では、もしも、
ごめんと言えない状態が続くと、
罪悪感を感じすぎると
人はどうなるのでしょうか?

罪悪感を感じすぎた時によくある行動パターンが「開き直る」かもしれません。

この「開き直る」パターンで、
よくあるパターンは、「自分の悪いところを棚にあげて相手が悪いことにする。」
でしょうか?

よく夫婦喧嘩で、
奥さんが夫の悪事を責め立てると…
「お前だって悪いことしてるじゃないか?」と反論するシーンは有名なパターンです。

これは、自分の罪悪感を感じたくないので、
感じないようにするには、相手の欠点や悪いところを探して、
それを追及して自分の罪悪感から逃げよう。とする魂胆なんだと俺は思います。
だって、相手の欠点を探してる間は、そこにエネルギーが向かい、
自分の罪悪感は感じなくてもすむのです。
あわよくば…、責められて嫌な気分にさせられてしまったことに仕返しもできます。
(もしかしたら、嫌な気分になったことを相手に理解して欲しくて仕返しをするのかもしれませんね。)

ちなみに犯罪心理学の被害者の家族の心理も、
罪悪感の転化だという説があります。
この話しは後日にでも…。

ほかのパターンも考えてみようと思います。
分かった振りをする・反省した振りをする。
のは、もう大変です。本人は演技をして逃げようとしてるのだと思います。
つまり、もう反省する気はないんです。
「とにかくこの状況から逃げたい」
というのが本音だと思われます。

本人は「もう罪悪感は感じたくありません。」いうメッセージを出してる状態。
普通は、「あなた、本当に反省してるの?」と、
さらに相手は本人を責めたくなります。
でも、本人は「もう罪悪感は感じたくない」という心理に入ってるので、
反省する気はさらさらありません。

わかりやすく罪悪感から逃げるパターンも有名なパターンです。
人から責められたとき、「うるさい!だまれ!」
と威嚇(コントロール)をして相手を静かにしようとしたりします。

「威嚇」するのはまだましかもしれません。それは、「罪悪感から逃げたいんだ」というメッセージがわかるからです。
一番厄介なのは、
本当に「逃げる」ことかもしれません。

よくある話は、
「恋愛で、大きな喧嘩のあと、音信不通になる。」
という事例はしょっちゅうあります。
これは、
「相手と喧嘩してしまって申し訳ない」という「罪悪感」を感じてるんだけど、
「ごめん」が言えなくて連絡がとれなくなった。
可能性があるのですが、
誰もそれに気づかずに、「嫌われた~」と不安な日々を過ごすことになります。

ごめんがなかなか言えない…、
罪悪感を感じすぎてしまう状況において、
人はどうするか…

それを考えると、

人は、罪悪感を感じようとはせずに、いかに「逃げる」かというパターンに入ることが多い気がします。

人は、「罪悪感」という感情は出来れば感じたくないんです。

そんな感じたくない感情に人がさらされると、心が壊れてしまいます。
それを防衛しようとします。
その心を防衛するためのパターンって結構あると思います。

その数あるパターンで、今回は「逃げる」パターンを少しだけ考えてみました。

次は、違うパターンを考察しようかと思います。

2012年12月20日 (木)

「ごめんですんだら警察はいらない」の考察(2)

先日書いた事の追記を書こうと思います。

「ごめんですんだら警察はいらない」という人の心理を分析すると、
「私はあなたを許せない」
なのかな…という心理だと思います。

「私はあなたを許せない」と直接言えば、かどがたつ。
そんな角のたつ事をいう自分も、罪悪感を感じてしまう。

では、「許せない」自分を正当化するにはどうしたらいいか…。

そこでとても都合が良いのが…「権威」です。
「権威」が「許さない」なら自分が許せないのも正当化できる…。
ここでいう「権威」とは、「警察」になります。

「ごめんですんだら警察はいらない」は、
「許せない自分」を正当化するための方便でもあるんだと、俺は思います。

つまり…、
「ごめんですんだら警察はいらない」という人がいたら、
「私はあなたを許せない」という意味でとらえても良いとおもいます。

そうすると…
「ごめんですんだら警察はいらない」と言われたときに、
文面そのまま受けとってしまうと、「自分の罪悪感はどう頑張っても許されない」とショックをうけますが、
この人は「許せない」と思ってるんだなぁ…って思えたら、「ではどうしたら許してくれるのか?どうしたらわかってくれるのか?」と考える余裕がでてくる可能性があるかもしれません。

2012年12月15日 (土)

「ごめんですんだら警察はいらない」は…間違いですよ! (1)

「罪悪感」について思うことその2です。

よく…「ごめんですんだら警察はいらない」と言いますが
…それは本当なんでしょうか?

裁判制度に「情状酌量」というのがあります。
「情状酌量(酌量軽減)」とは、「犯罪の情状に酌量すべきものがあるときは、その刑を減軽することができる」と刑法にあります。
その「情状」に…、「自首」も含まれます。「自首」とは、罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に捜査機関に罪を告白した場合、その刑を減軽(一部の罪は減免)することができる制度です。

裁判のニュースを見ていても、
「反省の態度を示したかどうか」
で判決(刑量)が変わることがよくあります。

それをかんがみると…、
「自分の罪を認識して、それを捜査機関に告白して、キチンと反省の態度を示せば、司法機関で、情状を酌量して罪が軽くなる。」
んですよね~( ̄○ ̄)。


では、日常生活の中で、「刑法」には触れない悪いことをしたら、どうしたらいいのでしょうか?

実は…「悪いことを認識して反省します。」という態度を示すには、「ごめんなさい」と謝ることです。

罪悪感を感じることをしてしまったら…「ごめんなさい」と謝るのがいいのです。

人は一番感じたくない感情に「罪悪感」があります。
人から「ごめんなさい」と謝られたとき…
もしそれを自分が許さなかったら…、
正常な精神状態の人ならば、「許せない」ことに罪悪感を感じます。
だから、だいたいは…「許そう」とするんです。
「ごめんなさい」と言われたら、「いいよ。わかったから。」ってなるのが正常なんです。

例えば、ある夫婦がいたとします。
ある時、夫が会社の接待で帰りが遅くなったとします。
当然、妻は家で遅くまで待ってます。
でも、あまり遅くなると、段々とイライラしてきます。
そこでようやく夫が帰ってきました。
夫は怒ってる妻の顔をみて、「ヤバい」と思ったとき…

もしそこで、「接待だから。仕事だから。仕方ないじゃないか!」
といったら、妻はどんな反応をするでしょうか?

もしそこで、「ごめん。今夜接待だったんだ。君を待たせて、さみしい思いをさせてしまってごめんな。」
といったら妻はどんな反応をするのでしょうか?

前者の妻は、怒る場合がほとんどです。
後者の妻は、「許してあげてもいいかな…」って思います。

「ごめん」をちゃんと言えると、許してくれる場合がほとんどです。
罪悪感を感じたら、その罪悪感から逃げずに、素直に「ごめん」といえると、人間関係でトラブルになることは少なくなります。



とまぁ…いろいろ考察した結果、
「ごめんですんだら警察はいらない」は嘘になります。



人間関係を円滑にすすめるために、
「ありがとう」と「ごめんなさい」はキチンと言えるようになりたいですね~(^o^)/

2012年12月14日 (金)

罪悪感の心理学を書いていこうと思っています。

この世に日本語で「罪悪感」について書かれた専門書っていくらあるのだろう?
実は「罪悪感」について書くと、本一冊できるくらい、人間の性格に影響を及ぼしてる感情らしいです。

例えば、「正義を振りかざす人」も罪悪感からくる行動です。

正義を振りかざすとき、必ず相手は「悪者」になります。
つまり「正義を振りかざす」には、「悪人が必要」であり、「悪者」がいなければ、「正義は振りかざせない」んですよね。
さらに「正義を振りかざす」とき、本人は「悪者になれない」という原理があります。
人が「自分は悪者になりたくない」と思ったら、「正義」になるしかない…。
これを心理的にみると、「自分の罪悪感からの逃避」になるらしいです。

2012年12月 7日 (金)

心理分析療法について

私のカウンセリング技法のメインは、「心理分析」です。
でも、今の日本のカウンセリング技法の主流は、「傾聴」です。

それは、何故か…。

それは、心理分析は、時としてカウンセラーのエゴ(分析遊び)になりやすく、
また、心理分析した結果をクライアントさんに伝える事は、傾聴する事より難易度が高い、より高いスキルや経験が必要になる…。からです。

なので、日本では、比較的安全で簡単にカウンセリングができる…傾聴がすすめられてきました。

でも、傾聴では、問題が解決しない…というクレームがあることを見逃していることは、如何なものでしょうか?




自分は傾聴も心掛けています。
それは、傾聴する事のメリットを知っているからです。

しかし、クライアントさんの自己理解、他者理解を促すために、私は、心理分析も必要だと思っています。




また、心理分析や心理学の法則をクライアントさんに伝えることで、クライアントさんが問題解決への糸口を見つけやすくなります。
傾聴カウンセリングでは、それがないために、なかなか問題解決に向かわずに、悩む時間を長引かせがちになります。
それがクライアントさんの為になる。という意見もあります。
でも、クライアントさんは悩みを解決したくて、カウンセリングを受けにきています。
とすれば、クライアントさんの悩みが解決しやすいように、
心理分析や心理学の法則を、お話させていただいています。




心理分析は、時としてカウンセラーのエゴ(分析遊び)になりやすく、心理分析は、カウンセラーのエゴになる危険はあります。
…とすれば安全なカウンセリングのために、何を心掛けるかと言えば、
クライアントさんに理解した方がよいことと、
クライアントさんの気付きに繋がることを、
カウンセリングの中で、クライアントさんに伝えます。
分析結果を全て伝えたら、それはカウンセラーのエゴになりますので、クライアントさんの成長・成熟・問題解決の為に必要な事は、伝えたていきます。




また、心理分析でクレームになりやすい事例は、
「決めつける」ことです。

決めつけるのは、カウンセラーのエゴですから。

そうならないために、心理分析の基本は、質問と確認をしていきます。

そうすることで、より正確で細かな分析ができます。
それが、クライアントさんの理解や気付きに、よりコミットできます。




クライアントさんが成長・成熟・問題解決するための手助けとして、心理分析は有効だと、私は思っています。
なので、私のカウンセリングは心理分析をメインに傾聴や認知行動療法の要素を取り入れた、統合的なカウンセリングをしています。




また、傾聴カウンセリングでは、クライアントさんの感情に対して、カウンセラーはただ、聴くだけです。
でも、私は、クライアントさんが話していただいていることに、反応を示すようにしています。

それは、クライアントさんがきちんと自分の感情を感じる事は、問題解決になると思っているからです。

受け入れがたい辛い経験をすると、人は、その辛い気持ちを感じないようにしてしまいます。
その時は、自分の心が壊れないようにするためには必要な事です。
でも、時間がたってから新しい人間関係を作るときに、不感症の状態のままだとなかなか良い人間関係は構築することが苦しくなります。

その苦しさから抜けるために、辛い感情と向き合う事が必要になります。

その痛みから抜け出せたとき、人間関係のトラブルからも抜け出せます。

クライアントさんが幸せになるために、私はクライアントさんの話に対して、きちんと反応を返していこうと思います

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